流行と偏愛のあいだで

この世界には、あらゆるものに“流行り廃り”という名の波がある。



それは時に、世界規模のトレンドとなって押し寄せ、またある時は、個人の嗜好という静かな入り江にそっと漂う。

私たちは気づかぬうちに、その波間に身を任せながら生きているのかもしれない。



かつて、Uber Eatsにおける最適解は「とんかつ弁当」である──と記したことがある。

それは決して軽々しく放たれた言葉ではない。サクサクの衣に染み込むソース、確かな満足感。

とんかつ弁当は、その役割を十全に果たしていた。



だが最近、その確信を静かに揺るがす出会いがあった。






──CoCo壱である。



カレーは「店で食べるもの」という思い込みが、私の中にはあった。

温度、香り、そしてあの湯気までもが、店内の空気と共にあってこそ──と。



だからこそ、配達でカレーを頼むという発想は、どこか“邪道”のように思えていた。

だがある日、気まぐれで注文してみたのだ。特別な理由もない、ほんの小さな選択。



そして届いたのが──あの一皿だった。



専用の容器に収められ、驚くほどの熱をそのままに。

まるで今しがた厨房から運ばれてきたかのように、湯気をたてながら目の前に現れた。

作りたて、あるいはそれ以上の熱量とともに。



──思い込みとは、いつも静かに日常に潜んでいる。

「店で食べるべきだ」と決めつけていたそのひと言が、いかに狭い世界を形作っていたか──CoCo壱の熱々のカレーが、それをやさしく突き崩してくれた。



味も、熱も、香りも、まぎれもなく本物。

専用容器に守られ、湯気をまとったカレーが扉の向こうから届いたとき、私は少しだけ、価値観という名の枠を脱いだ気がした。



流行り廃りに流されながら、それでも小さな驚きを拾い集めていく。

そんな日々も、案外わるくない。

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