国産ウイスキーの生みの親のお話し 第一話

今日は、yagisanです

今回のお話しは、国産ウイスキーの生みの親で不屈の精神でウイスキー

づくりに生涯を捧げた、サントリーの創業者の鳥井信次郎のお話を何回かに分けて

書かせていただきます。

鳥井信次郎は、大阪の商人の家庭に次男として生まれました。彼が13歳から

じもとの大問屋や染物問屋で丁稚奉公を始め、そこで洋酒の魅力を知った彼は

20歳にして早くも独立を決意し、鳥井商店を創業した。

彼は、スペイン産の葡萄酒に甘味を加え、日本人に合うように改良した

「赤玉ポートワイン」を製造し、高級な舶来品を庶民の手に届ける為にさまざまな

マーケティング戦略を手掛けた。

1921年にサントリーの全身となる「寿屋」を設立した時点では

赤玉ポートワインは国内のワイン市場の6割を占めるまでに成長していた。

そんなある日、彼はリキュール用のアルコールを詰めたまま倉庫に放置されていた

古い葡萄酒樽を偶然発見した。早々に中身を取り出し手口に含んでみると

熟成によって生まれた芳醇な香りやまろやかで奥深い味わいが彼の口の中に

心地よく広がったのだ。たちまち樽熟成の魅力に獲り憑かれた彼は

自らの手で国産ウイスキーをつくることを決意したのである。

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